届かなかったラブレター2025★きゅんとしたで賞受賞作品

随筆

「あの日の患者さんへ」

あなたと出会ったのは、職場の病院でした。緊急入院したあなたは、狂犬のように暴れ、医師や看護師に恐れられていましたね。

相談員だった私は、カルテを見てとても緊張しながら病室を訪れました。

「どんな人間にも必ず優しさはある」と信じ、挨拶をした私をあなたはキッと睨みつけました。そんな出会い方でしたが、毎日病室訪れるたびに少しずつ表情が柔らかくなっていったあなた。

あなたの生い立ちに、涙を流さずにはいられませんでした。社会から虐げられ、恋人には裏切られ、疎まれながらなんとか生きてきた約60年の日々。

確認することはできませんが、あなたはもうこの世にいないでしょう。それほどまでにあなたの病気の症状は悪化していましたから。

当時、婚活に励んでいた私にあなたは言ってくれました。

「俺がもうちょっと若かったらな、あんたみたいな女と結婚してやったけどな」

そう言われて、内心私は「えぇ、ホームレスなんて嫌よ、絶対」と思いましたが、それでも疲れていた心がほんの少し潤いました。

退院の日、あなたが言った「ありがとな」を今でも忘れることはできません。

残りわずかな人生、ほんの少しでも「自分のために想って行動してくれる人がいる」とあなたに想ってもらえるように、精いっぱい尽くしたつもりです。

私の書いたカルテで、医師も看護師も少しはあなたの人生を理解しようと寄り添ってくれたように思います。

あなたの最期を、誰かが傍で見送ってくれたでしょうか。それを知る術は、もうありません。

けれども、私はあなたのことを今でも時々思い出します。前歯のない笑顔、しわくちゃの目尻、実年齢よりずいぶんと年老いて見えたけれど、若い頃はさぞかっこよかったのだろうと想像できる鋭い眼差し。

あれから私は、無事結婚して子どもができました。あなたが語ってくれた理想の人生を私は生きています。生まれ変わったら、あなたもきっと夢を叶えてくださいね。

届かなかったラヴレター2025 受賞作品発表 - イベント情報
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