ミステリー小説「十条探偵事務所」

ミステリー

東京都北区、十条駅から十条銀座商店街を通り抜け、少し行った角を右に折れたところにある古ぼけたマンションのニ階。そこが私の仕事場である。

玄関ドアに小さく「十条探偵事務所」と白いプレートを貼り付けているが、そこを訪れる客はほとんどいない。なぜなら、仕事の依頼を受ける時は電話かメールをもらい、駅前にある喫茶店「憩」で依頼者と会うようにしているからだ。

タウンページには広告を載せているが、ホームページは無い。近年ではSNSとやらが流行っているようだが、齢五十を超えて、携帯電話の小さな画面とにらめっこするだけでも目がショボショボしてくるから私にはハードルが高すぎる。業者に頼めば良いのだろうが、男一人が食べていく分だけの稼ぎがあれば良い。商売繁盛させる気など毛頭ない。

私は生粋の独身主義者である。と、言いたいところだが、実のところは女性に縁がないだけだった。女性との恋愛関係に苦手意識があるのも原因だろう。

いつも依頼者との待ち合わせに使う喫茶店「憩」のマスターに言わせると、私という男は気難しくて女性が寄り付かないような風貌をしているという。普段は無口なマスターだが、観察力が鋭く、こちらがぽろりとこぼした言葉に、的確な一言を返すことがある。

鏡を見るのは朝髭を剃る時ぐらいだが、確かに色男とは言い難い。視力が悪いからどうしても眉間に皺が寄ってしまうし、刑事時代に染みついた癖で、人を見るとどうしてもその言動に疑いがないか探ってしまうのだ。

 そんな私が、細々と、なんとか食べていける程度の収入を得られるのは、刑事時代の同僚が仕事を回してしてくれるからだ。回してくれるといっても違法なものではない。

警察署に相談に来た一般市民に対して、犯罪性が見当たらないような場合に、「探偵にでも相談に行ってはどうですか」と一言付け加えてもらうだけだ。そうするとたいていの場合は、「探偵なんて、敷居が高いし、調査料もお高いのでしょう?」となる。そこで、「知り合いで刑事を辞めた奴が、確か十条で探偵をやっているって言っていましたよ。一〇四で聞けばすぐわかるでしょう。十条探偵事務所なんていうわかりやすい名前ですから。」と添えてもらえば、あとはそのままこちらの仕事につながるというわけだ。

 依頼のほとんどは浮気調査だとか、自分の意思で家を出て行った同棲相手の行方を探して欲しいだとか、屋内で飼っていた猫がいなくなっただとか、そういうものがほとんどだった。

 不倫調査の依頼を片付けたばかりで、ここ数日は退屈していたので、日帰り温泉にでも行こうかと週刊誌を見ながらぼんやりしていたところに一本の電話が鳴った。やたらと早口で話す若い女性だった。

 その日のうちに相談したいというので、一時間後に十条駅前の喫茶店「憩」で待ち合わせた。

店に入ると注文しなくても、濃いめのホットコーヒーが出てくる。一口すすると、依頼者らしき女性が入ってきた。店には私一人しか客はいないから、女性は迷わず私の向かいに座った。

依頼者の名前は、鈴木藍子。年齢は三十歳を過ぎたくらいだろうか。すらりと長く伸びた手足に小さな顔、それに反して意思の強そうな大きな目に黒く長い髪。仕事の出来るキャリアウーマンといったところだ。紺色のパンツスーツにはしっかりアイロンがかけられており、抜かりのない感じがした。仕事中に抜け出してきたということで、挨拶もそこそこに、依頼者は電話と同じく早口で話し始めた。

「私の恋人と、ある日突然連絡がとれなくなったのです。何度携帯電話にかけても繋がらないのです。」

「それはいつ頃からですか?」

「一週間くらい前からです。元々そんなに頻繁に連絡をしていたわけではないので、ニ、三日は気にしていなかったのですが、さすがに一週間も携帯電話が繋がらないのはおかしいと思って警察に相談に行ったのです。そうしたら、捜索願を出すには情報が足りなすぎるし、私との関係性も証明できるものが無いって言われてしまって。」

「それでこちらを紹介された?」

「そうです。」

「捜索願を出す為の情報が足りないっていうのは具体的にどういうことですか?あなたの恋人の住所、氏名、生年月日、それくらいはわかるのでしょう?」

「いえ、わかりません。名前は、横山悠也です。年齢は三十八歳。住所はわかりませんが、六本木と麻布十番の間にあるマンションの十四階に住んでいるはずです。でも、それも今となっては真実かどうかわかりません。」

「ほう。その方の写真は?」

「ありません。」

「でも、恋人だったのでしょう?」

「はい。」

はっきりとした返事だった。

「どれ位の期間、お付き合いされていたのですか?」

「三か月くらいです。」

ここまで聞いたら、元刑事でなくとも、現職の探偵でなくてもわかることがある。この女性は、相手の男にとって大切な女性ではなかった為にふられたのだ。それか悪い男に騙されたのかどちらかだろう。こういう美人が男に騙されるはずがないと思うのは浅はかな考えで、美人だからこそ並大抵の男でなければ釣り合わないはずだと男の側が思ってしまい、却って遠慮してしまうのだ。そこをついてアタックすれば、案外あっさりと掌中に収められる。

それに、鈴木藍子は気が強そうだから、少しでもデートでへまをしでかしたら、揚げ足を取られて赤っ恥をかいてしまうのではないかと不安な気持ちになり、大半の男性は誘う前から怖気づいてしまう。要は、一緒にいると自慢はできるが、心が休まるタイプの女性ではないのだ。

鈴木藍子と横山悠也の出会いは、仕事帰りに立ち寄った六本木のバーでナンパされたことがきっかけだという。

勤務先は、IT関係と言うだけで社名まではわからない。身体的な特徴は、身長は一八〇センチ弱くらいで細身の筋肉質。唇の右横に大きなほくろがある。

私は、鈴木藍子に、横山悠也の似顔絵を描いてもらったが、目と鼻と口があって髪は短髪、まるでかかしの顔のようなその絵では、今まさに喫茶店の前をその男が通りすぎても同一人物だと気づかないというほどのレベルであった。

こういう成功報酬に繋がらなそうな案件はバッサリと切り捨てるのが一番だ。鈴木藍子には可哀想だが、この広い東京でたった一人の男を探し出せるほど私の嗅覚は鋭くない。別の依頼と並行して探してみるとだけ言ってその日は連絡先だけ聞いて別れた。

探偵を雇う場合の報酬の形態は様々であるが、私は一人でやっているので、相談だけで金をとるようなことはしない。解決しなくても金をとるのか、といった余計なトラブルに構っている暇はないからだ。少し話をしただけで、五千円も取っていたら、調査を完遂しなければならないというプレッシャーもかかってしまう。調査が終了した際に、契約時に決めた金額を支払ってもらう。相談は無料だし、調査が難しい場合にも報酬の取り決めはしない。だから、あまり期待しないでもらおうという魂胆だ。同業者からすれば、最初から匙を投げるような私の仕事ぶりは探偵失格かもしれない。

まだ十七時前だったが、無性に腹が減って、商店街でチキンボール5つと焼きそばを買って十条探偵事務所に戻った。久しぶりの美人を前にして、知らず知らずのうちに緊張していたのかもしれない。

冷蔵庫には確か缶ビールが2本冷えているはずだ。今日のおやつは何だろうかと胸を弾ませて下校する小学生のようにうきうきした気持ちでマンションの階段を登った。階段を登り切って左に曲がると、十条探偵事務所の前に小柄な女性が立っていた。以前依頼を受けたことがあっただろうかと考えながら、足を進めていく。

私に気づいた女性は、俯いていた頭を上げて小さな声で何か言った。

私は、あまりの声の小ささに自分に話しかけられたのかさえわからなかったが、他に人はいないから私に話しかけたのだろうと推測し「何か御用ですか?」と声に出した。

「あの、探偵さんでしょうか?」

今度は何とか聞き取れた。

「はぁ。そうですが。どうしてここがわかったのですか?」

「インターネットの地図検索サイトで調べました。十条にある探偵事務所と検索したらこちらが出てきたので。」

「あぁ、なるほど。ではうちをご指名ということではなくて、たまたま見つけた探偵事務所がうちだったということですね。」

「はぁ。そうなります。あんまり広告とかを出していないところの方が信頼できそうな気がしたのでこちらに決めました。それに、彼がこの辺りで育ったと聞いていたので、地元の方の方が良いと思って。お願いしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」

 私は、どうしたものかと考えた。一応、応接セットは置いてあるけれども、表札ばかりで中は一人暮らしの男の部屋そのものなのだ。要するに散らかっていて汚い。そうかと言って、また喫茶店「憩」まで引き返すのも面倒だし、チキンボールと焼きそばがビニール袋の中から油とソースの匂いをぷんぷんと発している。

 仕方がないので、少し待ってもらい、急いで応接セットの周りを片付けた。片付けながら、チキンボールを一つ頬張った。

相変わらず外がカリッとして中の肉は凝縮した味わいがして美味しい。焼きそばは後のお楽しみにとっておこう。これ以上ソースの匂いをまき散らさないように焼きそばと残りのチキンボールを電子レンジに放りこんだ。

 女性を招き入れて、応接セットのソファに座ってもらい、一応探偵らしく見えるように顎に手を置いて尋ねた。

「ご依頼の内容を聞かせて頂けますか?」

「あの、お恥ずかしいのですが。」

もじもじとしている姿は、まるで発表会で自分の出番を待つ子どものようだった。先ほどの鈴木藍子とは正反対のタイプだ。

「婚約者がいなくなってしまったのです。」

「ほう、それはまたどうして?喧嘩でもしたのですか?」

「いえ、そういうことは無かったと思うのですが。」

「それはいつ頃のことですか?」

「先々週の土曜日に会ったのが最後です。」

「と、言うと十日くらい経っていますね。」

「はい、土曜日の夕方までデートをしていたのですが、彼は予定があるからと言って、夕食を食べずに別れました。大体十九時頃です。それから一時間くらいして、彼から電話がありました。」

「ほう。」

「それまでと違う様子で突然、別れてください、とだけ言われました。私は驚いて理由を問いただそうとしたのですが、電話は切れてしまいました。緊張しているような震えた声でした。」

「それ以来、連絡が取れないということですか?」

「はい、そうです。」

「それは妙ですね。」

デートをしている最中に、この女性とは合わないと思うような何かがあったのだろうか。それにしても、震えた声で別れてほしいと言ったきり連絡がつかないというのは奇妙である。

「私は、何か彼の気に障ることをしたのだろうかといろいろ考えたのですが、彼は別れ際に、また週末に会おうと言いましたし、私もそのつもりでした。」

「では、その彼のことを出来るだけ詳しく教えて頂けますか?」

私に促されて、依頼者はゆっくりと話し始めた。

 婚約者の名前は今井崇三十六歳。住まいは、豊島区北池袋七―一―二十 キャッスルタワー七〇五号室。血液型はB型。身長は一七五センチ位。

私は、依頼者の携帯電話に写った写真を見せてもらった。やけにぼんやりとしているが、赤いスポーツカーを背に微笑んでいるようだ。細身で色白、茶色く染めたらしく根元が黒く見えている髪は少しカールしていた。写真はこの一枚だけだという。

写真が苦手で一緒に撮ろうとすると断られたので、彼のプロフィール写真の画像をスクリーンショットしたものなのだという。婚約までしておきながら、ツーショット写真の一枚も無いというのは不思議な気もするが、私だって写真を撮られるのは苦手だ。世の中にはそういう男もいるだろう。

依頼者は先ほどから左手の薬指にはめた指輪をさすっている。婚約指輪だろうか。真ん中には小さく光る石が見えている。指輪を贈るくらいだから結婚に対して本気なのだろう。もしかしてマリッジブルーというやつかもしれない。男だって、一生、目の前の女性を養っていくという契約を交わすには、覚悟が必要だろう。入籍する前に少し一人になりたくなることだってあるだろう。今回の場合、対象者の住所もわかっているのだから、逃げることもできないはずだ。

別れ話が突然で、声が震えていたという点は気になるが、二人は何かのきっかけでよりを戻すことになりそうだと思った。今はこの二人にとって冷却期間ということかもしれない。

 私は、依頼者に調査委任契約書と調査利用目的確認書を差し出し、内容の説明をして記入してもらう。現像した写真は一枚もないので、携帯の画面を私のデジカメと携帯電話で撮影しておく。

今井崇は、IT企業に勤務しており、社名こそわからないが、携帯アプリケーションの開発を行っているという。アプリケーションの名前がわかっているのだから、社名はすぐに割り出せるはずだ。顔写真もあるので、会社と自宅の付近を張り込んで尾行すればそれほど難しいことはなさそうだ。

依頼者の名前は、中村真実二十八歳。新宿区西早稲田在住。清掃会社勤務。色白のぽっちゃりとしたその身体に、頬を赤らめてはにかんだ表情は田舎娘そのものだった。興味本位から尋ねてみると、田舎は山梨だという。細く垂れ下がった目に下ぶくれの頬、短くてぷっくりとした指で口元を押さえて恥ずかしそうに話す姿は、おかめさんのようにも見えたのはここだけの秘密だ。

私が尋ねたことには素直に答えてくれるので、こちらも気の向くままに遠慮せずに質問ができる。この子を何とか無事結婚させてやりたいという親心のようなものさえ芽生えてきた。

結局一時間ほど話して、帰って行った。「よろしくお願いします。」と何度も頭を下げる姿はけなげで胸にぐっとくるものがあった。警察には届けていないというので、捜索願の存在を説明してやった。けれども、「大事にして彼に嫌われてしまうと困るので、警察に行くのは最終手段にしたいのです。」と話していた。

私は、電子レンジの中の焼きそばとチキンボールを温め、冷蔵庫でキンキンに冷やしたビールを一本開けると、眠くなってしまい、そのまま眠りについた。

窓を強く叩く雨の音で目覚めると首が突っ張るように痛かった。ソファで寝てしまったのだ。もう若くない。これからはしっかりベッドで眠ることにしようと誓った。

首をさすりながら、リモコンでテレビを点けた。コメンテーターの女性が悲痛な表情をしている。赤羽公園で身元不明の男性の遺体が見つかったらしい。

赤羽公園というのは赤羽駅から三百メートルほど歩いたところにある公園で、昼は親子連れや高齢者が利用している公園だ。三つのエリアに分かれていて、地域住民にとっては幼少期から老年期まで長く利用できる公園として有名だ。

付近には大型スーパーもあり、放課後の高校生がスナック菓子を食べながら騒いでいることもある。夜になるとホームレスが巡回の警察官に声をかけられて移動を余儀なくされることもある。十数年前にホームレスが不良少年に襲われて殺される事件があったから、ホームレスを安全な場所へ移動させたいのだ。この事件についてインタビューを受けているのは駅の反対側の団地に住んでいるという五十代くらいの主婦だ。

これは私の個人的な考えだが、テレビに出るのは美男美女だけにしてもらいたい。朝から、その辺にいるおばさんの得意げに話す姿など見るのは気が滅入るので、チャンネルを変えた。

身体を目覚めさせるために、熱いシャワーを浴びた。裸のまま、流しの水道の蛇口をひねり、流れる水をコップに溜めて一気に飲み干すとようやく頭が冴えてきた。

今日は、昨日依頼を受けた今井崇について調査するつもりだ。

まずは、携帯アプリケーションの会社を調べるところからだ。中村真実から聞いたアプリを検索してみるが自分の携帯電話で探してみても見つからない。似たような名前で探してみてもヒットしない。確か、開発したばかりで試験中のアプリだと言っていたから、まだ一般には公開されていないのかもしれない。

仕方がないので携帯アプリから社名を割り出すのは一旦諦めて、今井崇の自宅について調べてみる。目を細めながら地図帳で調べてみたら、確かにキャッスルタワーというマンションは存在しているようだ。番地も間違いない。部屋番号も七〇五号室とわかっているのだから、とりあえず行ってみることにする。

腹が減っているが、冷蔵庫には缶ビールが一本と飲みかけの牛乳があるだけで、食べ物らしきものは何も入っていない。十条駅に行くまでの間に牛丼屋があるからそこで朝定食でも食べて行くことにしよう。

十条駅から埼京線で二駅、池袋まではあっという間だ。時計は九時を指している。電車の中は通勤客で混雑していたが、池袋でほとんどの乗客が降りた。人の波に乗って北口の改札を出ると、上がったばかりの雨でむっとした熱い空気が襲ってきた。雲の切れ間から太陽が顔を出している。さっきまでは嵐のような大雨だったというのに変な天気だ。真っ黒な雲と青い空が混在していた。

キャッスルタワーはすぐにわかった。十一階建てのマンションで、その名の通り、城のように洋風のデザインで、ベランダの柵は騎士の盾の柄のように変わった形をしていた。管理人室はあるものの、そこは長いこと不在のようだった。どうしてそう思ったのかというと、受付のガラス窓が埃をかぶって灰色をしていたからだ。長い間、そのガラス窓を開けた形跡が無い。ポストを見ると、ところどころチラシが溢れ出そうな部屋もあった。

七〇五号室のポストを見ると、小さな白いテープが貼ってあり、何か書いてある。顔を近づけて見てみると「レンタルーム王子」と書いてあった。レンタルとルームをつなげあわせた造語のつもりだろうか。王子というのは、王子様という意味もあるが、北区で長年暮らしていると地名の方が先に頭をかすめた。桜の季節は観光客で賑わう飛鳥山公園が近くにある場所だ。

「レンタルーム王子」という名前からすると、七〇五号室は貸し部屋ということだろう。フリーダイヤルも一緒に貼ってあったので、連絡してみると七〇五号室は、現在利用者はおらず空き部屋であった。部屋番号を指定しての貸し部屋の申し込みだと勘違いされたが無理はない。友人を訪ねてみたが不在のようなので問い合わせた旨を伝えてみたが、個人情報は教えられないとの返答であった。それもそうだ。大体貸し部屋を使うような人間に隠し事はつきものだろう。聞いたところで、偽名を使っている可能性も高い。

 有力だと思っていた情報が二つも空振りで、調査するのが難しくなりそうだ。写真こそあるものの、ぼんやりしたこの一枚では知り合いでなければ目の前を歩いていても確信は持てないだろう。元刑事の勘など役に立たない。そもそも退職理由が、私の誤認逮捕で自殺者が出てしまったことが原因なのだから。

 期待を持たせないうちに根を上げることも大切だ。人間五十年も生きていると、不可能なことはどんなに頑張っても不可能だと受け入れられるようになってきた。

 中村真実の携帯電話にかけてみると留守電になったので、メッセージを残して帰路についた。

 帰りに、十条駅で喫茶店「憩」に立ち寄った。濃いめのコーヒーが、今日はやけに苦く感じた。

 途中、定食屋でかつ丼を食べ、ぶらぶらと商店街を眺めながら、十条探偵事務所に戻った。玄関のドアを開けると、部屋が熱気で溢れていたので窓を全開にした。昨日のように、突然の来客があっては困るので、応接セットの周りの清掃をすることにした。大抵は、過去の依頼の資料だが、整頓されていないので、急に探し出すことが困難な状況だった。あまりの散らかり具合に自分でも辟易しながら、徹底的に片付けた。止まらぬ汗をタオルで拭きながら、最後の仕上げに取り掛かっていると携帯電話が震えた。中村真実からだった。

「たった今仕事が終わりました。これから伺っても良いですか?」

 私の予感は的中した。電話でも結構だと言ったのだが、来訪するというので仕方がない。缶コーヒーを飲み干して歯を磨き、汗を流す為にシャワーを浴びた。

 中村真実は走って来たのか息を切らしている。玄関のドアを開けるや否や、

「崇さん見つかったのですか?」

と目を輝かせている。

 期待に胸をふくらませて、急いでここまでの道のりをやって来たのかと思うと申し訳ない気持ちになった。それにまだ十五時前だ。もしかすると、私からの留守電のメッセージを聞いて早退してきたのかも知れなかった。

「いえ、そうではないのです。非常に申し上げにくいのですが、今井崇さんが住んでいるというマンションは貸し部屋で、彼の部屋ではありませんでした。それから、携帯アプリの方も確認が取れず、社名はわかりませんでした。」

「そんな。私、一度崇さんの部屋に行ったのです。一人暮らしの男性の部屋という感じで、洋服もたくさんありました。丸二年、そこの部屋に住んでいると言っていたのに・・・」

最後の方は、聞き取れないほどかすかな声だった。俯いたまま一点を見つめている。

そのまま話の続きを話し出すのを待った方が良いかとも思ったが、長引いてしまうのも嫌なので単刀直入に切り出した。

「今井崇さんに預けた物や貸した物などありますか?例えば現金とか、銀行の通帳だとか。」

答えはNOであって欲しいと思ったが、残念ながら肯定された。

「あります。二百七十万円を預けました。」

「二百七十万円。それは大金だ。」

この若い女性が、一人暮らしで三百万円近く貯めるのは容易ではないだろう。ましてや東京は物価が高い。日中は清掃業をしていると聞いていたが、風貌からして夜の仕事をしている雰囲気もない。

「それは、どういったお金なのかね?」

彼女の説明は次のようなものだった。

 中村真実二十八歳。山梨の高校を卒業して、親の反対を押し切って東京へ出てきた。従兄の中村光司が東京の大学を卒業し、会社の寮に入れることになったので自分が住んでいるアパートをそのまま引き継いで住んではどうかと提案されたのだ。アパートの周りは学生が多く、治安も良いし、自分も時々遊びに行って従妹である真実の様子を見ると約束してくれた。それで、近くに従兄の光司がいるのなら安心だということになり、真実は両親から東京行きを許された。

新宿にある清掃請負会社に就職し、今年でちょうど十年になる。いくつかのオフィスビルを異動し、現在は東池袋のオフィスの清掃を担当している。男性経験は無く、このままでは結婚できないのではないかという不安からインターネットの婚活サイトに登録した。女性の入会は無料だが、男性は登録料が三万円必要で、月会費もかかる。だから、冷やかしの男性が少ないだろうと考えたのだ。

 その婚活サイトでは、気になる異性がいたら、ハートマークを押すだけでこちらが好意を持っていることを伝えられる。メッセージをやりとりするのは自由だが、真実は初めての経験で、男性に対してどういう内容のメッセージを送ったら良いのかわからず、自分から一度もメッセージを送信したことがない。

ある時、サイトを開いてみると自分のプロフィールにハートマークがついていた。サイトに登録してから初めての出来事だった。ドキドキしながら相手のプロフィールを開いてみると、赤いスポーツカーにもたれかかるように立った今井崇がいた。プロフィールによると、年収は九百五十万円、有名一流大学卒業、IT会社勤務。趣味はドライブと水泳。好きな女性のタイプは安心感のある家庭的な女性、と記載されていた。

 全体の登録者数はわからないが、女性の写真が一覧で並べて表示された時に、真実は自分が目を引くタイプでないことは十分理解しているつもりだ。けれども、崇は女性の内面を見るタイプなのかもしれないと思った。真実は自分のプロフィール欄の趣味の項目に、料理、掃除と書いていた。他に趣味と言えるほどのものが無かったからだ。それが功を奏したと言えるだろう。思い切って、真実は崇にハートマークをつけてみた。

 翌日、サイトを開くとメッセージが届いていた。真実は天にも昇る気持ちになった。三日後の土曜日の午後に会う約束をした。

 新宿にあるカフェで世間話をしたが、真実は緊張しすぎていて話したことをよく覚えていなかった。崇は写真で見るよりも柔和な雰囲気で笑顔が可愛らしく、真実は生まれて初めて「恋に溺れる」という言葉の意味を知った。てっきり、その日のうちに連絡先を交換するものだと思っていたけれど、崇は自分が開発したという試験中のアプリを真実の携帯電話にダウンロードさせただけで、「またサイトからメッセージ送りますね」とだけ言って別れた。

 それから四日間、真実は何度もサイトを開いたが、崇からメッセージは無かった。ハートマークはついたままなので、まだ期待を捨てなくても良いはずだと信じていた。もしかすると、別の女性ともやりとりしていて自分は天秤にかけられているのかも知れなかった。

 崇が開発したというアプリは、飲料メーカーからの依頼を受けて開発したもので、自動販売機の購入層のデータを吸い上げる為のものだと教えてくれた。正式に導入されることになった場合は、利用者にはポイントを与え、貯まると飲料と交換できるようなシステムにすると聞いていた。

最初に年齢と性別を入力するだけで、あとは自動販売機を利用するごとに、そのアプリで購入する商品をかざしてボタンをタップするだけだった。

真実は、自動販売機で飲料を買う習慣が無かったけれど、崇の役に立ちたくて自動販売機で飲料を買うようにした。本当はスーパーで買う方が安いし、真実の場合は自宅で麦茶を煮出して水筒に入れて持ち歩いていたので、出費が痛い。けれども、そのアプリが自分と崇を繋げてくれているような気がして嬉しかった。

 崇と出会ってから五日目の朝、いつも通り、都電荒川線で早稲田駅から乗車した。東池袋四丁目駅で降りて徒歩五分ほどのところにあるオフィスビルの清掃を担当しているからだ。真実が歩いていると、前から見覚えのある男性が手を振っている。真実は最初、とうとう幻覚が見えてしまったのかと思った。崇だったのだ。紺色の細身のスーツを着て、ビジネスバッグを左手に持っている。

「いやぁ、偶然だなぁ。ここのところ忙しくてメッセージが送れなくてすみません。この近くで打ち合わせがあるのです。真実さんの職場はこの近くなのですか?」

そう問いかける崇に、真実は「はい、そうです。」と答えるのが精一杯だった。

仕事に行く時はほとんど化粧をすることもなく、服装も制服に着替えてしまうから、チノパンにオックスフォード地のシャツというラフなものだった。崇と初めて会った時には、白いワンピースを着ていたし、化粧もしていた。だから、すぐに自分だと気づかれた時には嬉しいような恥ずかしいような気がした。

「それではまた」と右手を大きく振る崇に、真実は深くお辞儀をして見送った。

 その日の仕事はぽうっとした気持ちで、身が入らなかった。洗剤液入りのバケツを蹴ってしまい、廊下を水浸しにしてしまった。モップだけでは足りず、同僚にも手伝ってもらって雑巾をあるだけかき集めて拭き上げた。

「中村さん、風邪でもひいているの?早退する?」とマネージャーに言われてしまった。それくらい顔がほてっていたのだ。

 その日の夜、真実はサイトを開きっぱなしで眠ってしまった。崇からのメッセージは何度確認しても届いていなかった。

土曜日の朝、真実はサイトのメッセージが来ていないことを確認し、諦めて新宿へ買い物に行った。予想より早く来すぎてしまい、開店まで三分あったので、店の前の自動販売機で冷たい緑茶を買った。当然のことながら、崇が開発した携帯アプリをかざした。

十時になり、開店と同時に店に入り、寝具売り場に向かった。愛用していたシーツが擦り切れてしまっていたので、今まで使っていたシンプルな白無地のシーツに似たものを買いに来たのだ。

もしかして、今後崇が自分の部屋に来ることがあるかもしれないと想像してどきどきする胸を右手で押さえて、ピンクの花柄のシーツに持ち替えた。

レジに並びかけたところで、やはり、シーツは白無地に限ると思い直して、レジを外れてまたシーツ売り場に戻った。ピンクの花柄なんて、自分には似合うはずがなかった。

ふと店内の入り口に目をやると、店の中をきょろきょろと見回す知った顔があった。崇だった。誰かを探している様子だったので、誰か同伴者がいるのだと思ったが、崇は真実を見つけると大きく手を振った。

「また会ったね。」崇にそう言われて、真実はとっさに声が出なかった。運命なのかもしれないと思ってしまったのだ。それとも、真実の気持ちが強すぎて、天がこの恋を味方してくれたのかもしれないと感じた。

いずれにしても、池袋と新宿という大都市で約束もしていない男女が一週間に二度も会うことなど、あるのだろうか。もう二人は運命の赤い糸でつながっているとして考えられなくなっていた。

 真実は、手にしたピンクの花柄のシーツを戻した。

「今日は買い物?」

「はい、でも迷ってしまったので今日のところはやめておきます。」

「そうなの。その花柄のシーツ、素敵だと思うけどな。」

崇にそう言われて、「それなら買います」とは言えなかった。

「もし時間があったら、お茶でもしませんか?」と言われて、真実は崇に連れられるまま隣のデパートの屋上へと向かった。

 崇はアイスコーヒーを、真実はアイスカフェラテを注文し向かい合って座った。すると、崇が恥ずかしそうに口を開いた。

「最初にサイトで真実さんを見つけた時から、ずっと気になっていたのです。どことなく、うちの母に似ていてね。」

崇の母は去年、この世を去ったのだという。ALS(筋萎縮性側索硬化症)という病で、段々と筋力が衰えていく病だ。知力や意識は保たれたままなので、本人にとっても周りの人間にも、病の進行に伴い出来ることが少なくなっていくのは辛かったと話してくれた。

「穏やかでいつも優しい母でね。こんなことを言ったら嫌われてしまうかもしれないけれど、真実さんといると、母の傍にいるような安心感があるのだよ。」

「崇さんのことを嫌いになるなんて、そんなはずはありません。お母様といる時のように安心してもらえるなんて嬉しいです。」

そう真実が言うと、「本当に?」と崇は微笑んだ。

「もし良かったら、僕と交際してもらえませんか?」

生まれて初めて「男性に告白される」という体験をして、真実はこのまま死んでも良いとさえ思えた。

 崇は、北区で生まれ育ったのだという。「僕が育った街を一緒に歩いてくれるかな?」という誘い文句は、真実を痺れさせた。

 よく家族で遊びに行ったという、飛鳥山公園へピクニックに出かけた時には、真実の提案で手作り弁当を持参した。それを見た崇は目を細めて喜んでくれた。

少し甘めの卵焼きを「母の味にそっくりだ」と喜んでくれた。アスパラのベーコン巻を見て、「これはこんな風に売っているの?」と真実を喜ばせる質問をしてくれた。真実が自分で巻いて作ったことを話すと、 「真実さんの旦那さんになる男は幸せだろうなぁ」と独り言のように呟いた。

 旧古河庭園でデートをした時には、崇は将来の夢を語ってくれた。将来は医療系のアプリを開発して、ALSの患者がいつまでも家族とコミュニケーションを図れるようなものを作りたいのだと言った。そのアプリを病院やクリニックとも連携できるようにして、緊急時にもすぐ対応できるようにしたいのだという。

「マザコンだと思われるだろうな」という崇に、「そんなことはありません。お母様も天国で喜んでいると思います」と真実ははっきりと伝えた。すると崇は真実の手を握り「ありがとう」と声を震わせた。

 崇が幼い頃に何度も母と訪れたという、十条銀座商店街を食べ歩きしたこともある。

メンチカツにつくねボール、カレーパン、みたらし団子と手焼きせんべい。二人で半分ずつ分け合って食べるという初経験だけで胸がいっぱいになった。

その日、バター入りのどら焼きを買って、初めて崇のマンションであるキャッスルタワー七〇五号室を訪れた。

 そこで、「ロマンチックな演出が出来なくて申し訳ないのだけれど、僕はありのままの真実さんに惹かれました。今すぐとは言えないけれど、将来僕の夢を一緒に叶えてくれませんか?」そんな気障な台詞に真実は骨抜きになってしまった。

 それから二週間ほどして、崇は真実に指輪を贈ってくれた。少し洒落たレストランで食事をした後、人差し指で鼻の先をこすりながら、恥ずかしそうに指輪を差し出す崇に、真実は涙を流して応えた。

 そして、「本当は今すぐにでも一緒になりたいのだけれど、入籍をするのはアプリの開発をする為の起業をしてからにしたい」と打ち明けられた。

 飲料メーカーのアプリは、ある程度完成に近づいているので、後輩に託したのだという。そして自分は、現在勤めているIT企業を辞めて、独立して医療系アプリ専門の会社を立ちあげる予定だと聞いた。

その為の資本金が銀行から十分な額を借りられずに困っているのだと申し訳なさそうに話してくれた。真実は、崇の助けになりたいという思いから、貯金のほとんどを崇に託すことを約束した。

「必ず返すから」という崇の言葉に、真実は「いいえ、このお金は差し上げます。」と話した。崇と結婚できれば、現金などいらない。今、欲しいのは崇の妻の座だと確信したからだ。

「きっと倍にして返すよ。」と崇は、真実の両手を包んでくれた。

以上が、私が真実から聞いた内容である。

場所は再び、十条探偵事務所。

私は、真実からこの話を聞いて、「結婚詐欺」という単語で頭がいっぱいになった。聞けば聞くほど確信に変わる。

 こんなに素直で純朴な娘から、財産だけでなく心まで奪っていく男がこの世の中にいるとは腹が立つ。私なんて、もう何年も女性との縁が切れてしまっているというのに。

 見つけ出したらその詐欺師の顔を睨みつけてやろうと思った。

真実の携帯電話から撮影した写真ではぼやけてしまっているので、もう一度、真実の携帯電話の写真を見せてもらう。

婚活サイトのプロフィール写真だというこの写真を睨みつけた。この後ろに写った赤いスポーツカーも本人のものか怪しいものだ。そこら辺に停めてあったスポーツカーの前に立って、勝手に撮影したものかもしれない。外国メーカーの二千万円以上するスポーツカーだ。これだけの高級車だから、持ち主をおだてれば、喜んでカメラのシャッターを押してくれるかもしれない。

今井崇という男は、人たらしの才能があるに違いない。母親が死んだのだって本当かどうかわからない。

問題は、依頼者である真実がそれに気づいていないことだ。探偵の私から説諭するのもおかしな話だし、第一目の前で泣かれてしまったら私だって困ってしまう。真実の携帯に写った崇を睨みつけても相手はすかした顔をしたままだった。

「私のほうでももう少し調べてみますので、何か新しいことを思い出したり、連絡があったりしたらすぐに知らせてください。」

私がそう言って、真実の帰宅を促すと、真実は名残惜しそうに席を立った。そして私にこう告げた。

「たとえ、崇さんが悪い人だったとしても、私は彼と一緒になりたいと思っています。だから、必ず見つけてください。どうぞよろしくお願いします。」

そう言いながら、頭を深く下げて、茶色の玄関扉を開けて出て行く真実の姿は、魂が抜けたように力無かった。

 話しているうちに、自分でもおかしいと気づいたのだろうか。第三者である私に話すうちに冷静になり、自分が騙されていることを悟ったのかもしれなかった。

 私は頭を抱えて大きくため息をついた。仕事の依頼は、恋人の浮気調査、夫婦どちらからの不倫調査、身辺調査といったものが大半を占めており、人間関係の入り乱れた様子は見飽きていた。けれども、依頼者があんなに純粋な若い娘だと思うと、報酬の為だけではなく、彼女の今後の人生の為にも何とか今井崇を見つけ出してやりたいと思った。

けれども、どうすれば良いのだろうか。昔の同僚に探りを入れてみようか。探偵が警察と内通しているのはドラマだけの話ではない。

特に、その探偵が元刑事だった場合には、連絡を取って情報交換するのはよくあることだろう。けれども、自分の実力を試してみたい気もする。汚れた天井を見上げて、熱くなる頭を冷やす為に、ビールを開けることにした。

 ソファに座ってテレビをつけると、どのチャンネルもバラエティ番組や歌番組、クイズ番組など騒々しいものばかりだった。いっそ消してしまおうかと思ったけれど、そうすればまた余計なことばかりが頭をかすめる。

地元のローカル番組にチャンネルを変えると、ニュースを掘り下げた情報番組をやっていた。小学校のいじめ問題が終わると、先日も報道されていた赤羽公園での身元不明遺体の続報だった。死因は鋭利な刃物による失血死だという。遺体は二十から四十代の男性で、身長は一七五センチ程度。水色のポロシャツにジーンズという軽装で、所持品は無し。

私は、遺体から作成したという似顔絵を見てはっとした。今井崇によく似ているではないか。

女性のアナウンサーが原稿を読み上げ、「なお、唇の右横に大きなほくろがあるのが特徴です」と話すのを聞いて飛び起きた。

私は頭が混乱した。中村真実は、ほくろの話をしただろうか。いや違う。唇の右横にほくろがあると言ったのは、横山悠也という男性を探している鈴木藍子だ。

きりっとした美しい顔にはっきりと喋る気の強そうな鈴木藍子の顔が浮かんだ。私は手帳を広げて、鈴木藍子に電話をかけた。十回近くコール音がなり、ようやく電話に出た。まだオフィスにいるようで、後ろで会話する複数の声が聞こえてきた。

「はい、鈴木です。」

「こちら十条探偵事務所です。先日のご依頼の件で、少しお伺いできますでしょうか?」

とこちらが言うと、

「少々お待ちください。場所を移動しますので。」

と話すと同時にハイヒールで歩くカツカツカツという音が受話器から響いてきた。

しばらくして、ようやく話すことができた。

「お待たせしました。何かわかりましたでしょうか?」

「申しあげにくいのですが、横山悠也さんにお金を貸していたり、預けていたりしたことはありますか?」

と尋ねた。

「はい、五十万円貸しています。」

「五十万円ですか。それはどういういきさつで貸したのですか?」

「彼からは、新しい会社を立ち上げたいけれど、資金が不足しているので、いくらでも良いから貸して欲しいと言われました。それが何か?」

「それはあなたの全財産ではないですよね?」

すると、小ばかにしたような笑い声が聞こえた。

「まさか、これだけ働いてきて、貯金が五十万円しかないわけないでしょう。彼、なんだか怪しいところがあったので、返ってこなくても良い金額にしたのです。それが五十万円です。」

「怪しいと言いますと。」

「言っていることの辻褄が合わないことが何度かありました。開発しているアプリの会社も存在するのかわからないし、自宅も教えたがらないのです。彼のことは、それほど好きっていうわけではなかったので、もうそろそろ潮時かなと思っていたのです。別れるならそれでも良かったのですが、何も言わずに突然連絡が取れなくなったので、さすがに心配になってそちらに相談に行ったのです。」

「そうですか。それでは、もし横山悠也さんが見つかったとしても、交際を続けたいというお気持ちはないのでしょうか?」

少し間が空いて、

「そうですね。もういいかなっていう気がしてきました。私も忙しいので、あんまり煩わしいことに構っている暇はないのです。ただ、返してもらえるなら五十万円は返してもらいたいですね。来月家賃の更新もあるし。それで、彼は見つかりそうなのですか?」

 私は、一呼吸おいて意を決した。

「あなたの気持ちを確認できたところで、お伝えいたします。人違いの可能性もあるのですが、落ち着いて聞いてください。」

「わかりました。」

「先日、赤羽公園で身元不明の遺体が見つかったのです。その男性の特徴に、あなたから聞いた情報と合致するものがありましてご連絡した次第です。」

「口元のほくろのことですか?」

やはり鈴木藍子は頭の切れる女性だ。

「そうです。唇の右横に大きなほくろのある二十から四十代の男性なのです。身長は一七五センチくらいということです。」

「そうですか。彼の可能性は高いですね。それは、私が警察に行った方が良いということですか?」

「それは私の口からは何とも言えませんが、もう一つ確認したいことがあります。」

「なんでしょうか?」

「彼の免許証やパスポートなどを直接目にしたことはありますか?と、いうのは、彼の名前と生年月日を正確に知っているか教えて頂きたいのです。」

「名前と年齢は聞いていますがそれを証明するものは見たことがありません。横山悠也というのは偽名なのですか?」

「その可能性は否定できません。実は、彼はあなた以外の女性とも交際をしているようでして、その方からも現金を借りていることがわかったのです。」

「そうですか。それで、その女性には別の名前を名乗っている?」

「おっしゃる通りです。」

会話のキャッチボールのスピードも速いし、言うことも的を射ている。中村真実とは正反対と言える。

鈴木藍子は話し続けた。

「大体のことはわかりました。ありがとうございました。あの、出来れば私が依頼したことを無かったことにして頂きたいのですが。報酬は請求書を送って頂ければお支払いしますので、調査記録から消して頂けますか?」

「と、言いますと?」

「横山悠也がろくでもない男だったということがよくわかりました。そういう男なら殺されても仕方がないですよね。女性に恨まれることをしてきたわけですし。きっと他にも被害者の女性がいて、そのうちの誰かに殺されたのでしょう。殺人事件に関係していると思われると私も迷惑なので、彼と交際したことは無かったことにします。五十万円は香典ということにして諦めます。だから、これ以上の調査は必要ありませんので。」

最後の方は明らかに憤りを感じている様子だった。

「わかりました。私があなたの依頼を受けてから、横山悠也さんについて調査したことはまだ何もありません。たまたま別の依頼を調査している時にテレビを見て気づいただけですから、報酬の請求はしませんのでご安心ください。特に記録もつけていませんので、その点も心配はご無用です。」

「ありがとうございます。それでは失礼します。」

そう鈴木藍子は告げて電話は切ってしまった。

 本当にあっさりした女性だ。これから何事もなかったかのように仕事に戻るのだろうか。あれほどの美人なら、すぐにでも新しい恋人が見つかるだろう。結婚して男に依存しながら生きていかなくても、一人で生きられそうだ。

横山悠也の怪しさに気づいて大金を渡さなかったところも良い勘

が働いている。そうは言っても五十万円は私にとって大金だけれども。

 横山悠也と今井崇が同一人物であることはほぼ間違いない。さて、これからどうするかだ。警察に出向いて説明する?いやいや不確定な情報だし、探偵である私がおいそれと警察に情報提供しては依頼者の信頼を損なうだけだ。

 今井崇が結婚詐欺氏だとして、殺したのは誰か?鈴木藍子はシロと言えるだろう。やけにあっさりした口調ではあったが、それは殺人事件に関わっているからというより、恋人である横山悠也に対する気持ちが冷めていたからという方が正しいだろう。それに、中村真実と違って、初めての交際ではあるまい。数いる交際相手のうちの一人がつまらない男だったというだけだろう。

五十万円を香典だと言ったのも、面倒なことに関わりたくないという手切れ金のつもりなのだろう。警察の捜査が入れば、鈴木藍子にも事情を聞きに行くことにはなるだろうが。

 私は、中村真実に、赤羽公園での殺人事件について知らせるべきか迷った。十条探偵事務所からまっすぐ帰宅したら、もうそろそろ自宅に着く頃だろう。

今夜のニュースで先ほどの似顔絵は報道されるだろうか。報道されたところで、中村真実が見るとは限らない。の近頃の若者は新聞をとっていない者のほうが多いから、新聞記事で目にすることはあるまい。それとも、勤務先で捨てられた新聞の記事を見つけることはあるだろうか。

こういう複雑な出来事が起こった時には、寝るのが一番。私はシャワーを浴びて、冷凍庫のアイスノンをタオルでくるみ枕の上に載せた。こうすると後頭部が冷やされて、考え過ぎて熱くなった脳の温度が下がって良く眠れるのだった。

 翌日、携帯電話の鳴る音で目が覚めた。時計を見ると十時を回っていた。ずいぶんとよく眠ったものだ。自分にもこんなに長く眠れる体力があったのかと感心した。

電話の相手は中村真実だった。警察から連絡があったというのだ。身元不明の遺体の人物を知っているかという連絡だったそうだ。けれども名前が違うので、混乱しているという。

仕事を始めたばかりだが、急遽早退してこれから警察署に向かうのだと言った。男の名前は、今井崇ではなく関雅弘四十一歳だと言われたらしい。

「私はどうすれば良いのですか?」

と不安げな声を出すので、

「あなたは自分が知っていることを包み隠さず全部正直に話せばそれで良いのです。」とアドバイスした。

「探偵さんのことも話して良いのですか?」

と、お伺いを立てるように尋ねてくるので、

「もちろん私に依頼したことも話して構わないよ。」と言うと、少し明るい声で「わかりました。行って来ます」と言った。

 こんなに素直な娘ならば、多少容姿は劣っても、結婚相手はすぐに見つかるだろうと私は思った。

 中村真実のことだから、警察署から帰ったら私に連絡をくれるはずだった。彼女が疑われることはあっても、真犯人ではないだろう。アリバイがあると良いのだけれど。中村真実が罪を犯していないことは私が知っていた。確証などもちろんない。けれども、彼女の透き通った目を見ればわかる。

 それから私は居ても立ってもいられなくなり、駅前の喫茶店「憩」に向かった。

「マスター、コーヒーの前にナポリタンお願い。」

そう言うと、マスターは「かしこまりました」と静かに返事をした。

「憩」で食事をすることはほとんどない。けれども、気持ちを落ち着かせられて腹の虫も黙らせられる店と言ったら他に知らない。マスターはいつもと様子の違う私に特別声をかけたりしない。そういうところが、私は気に入っている。

 コーヒーのおかわりを飲み干したところで、携帯電話が震えた。中村真実だった。こちらに来て話したいとだけ言うので、私は了解して十条探偵事務所へ戻ることにした。

途中、あんこ玉という和菓子が目について、買い求めた。中村真実なら何を出しても喜んで食べるだろうと想像ができた。このあんこ玉は、疲れた時や気分が落ち込んだ時に食べると元気が出るのだ。

 十条探偵事務所を訪れた中村真実は、憔悴しきった様子だった。

第一声は、

「崇さんが殺されました。」

だった。

それは知っていたことなのだが、私は「そうでしたか。」と残念そうな声で芝居を打った。

中村真実は事件が起こったとされる日のアリバイを細かく聞かれたという。仕事を終えるとまっすぐ帰宅するか、寄っても近所のスーパーだけだからアリバイが無くて困ったと話した。

けれども、愛した男性を殺すはずがないし、騙されていたとしても今でも今井崇(本名は関雅弘だが)を愛していると警察官に訴え涙を流したら同情されてしまったらしい。

二百七十万円は一度におろしたわけではなく複数回にわけておろしたのだという。今井崇とのメッセージのやりとりは全て警察に見せ、デートの日時や内容も事細かに説明したのだそうだ。携帯電話の日記アプリで日記を書いていたのが役に立ったと涙ながらに微笑むその顔はとても愛らしかった。

 犯人に心当たりはあるかということを何度も尋ねられたが、自分には全く思い当たる人物がいないし、そもそも共通の知人もいないことを伝えたのだと言う。

 中村真実の話を聞いてやるうちに、私は今井崇に天罰が下ったのだと感じた。こんなに気の良い娘を傷つけ、他にも複数の女性から金を巻き上げて、まっとうな人生が歩めるはずがない。

「あとは警察の捜査を待つしかないだろうね。」と慰めて、一緒にあんこ玉を頬張った。予想していた通り、初めてみるその和菓子に腫れた瞼の下の目を輝かせていた。

 それから一週間ほど、事務所兼自宅にいる間はなるべく報道番組をテレビで流していたが、進展はなかった。実際には、捜査は進んでいるのだろうが、容疑者の確定まではいっていないということだろう。

 離婚に有利な証拠集めをしたいという四十代半ばの主婦の依頼を受けて、夫の浮気調査をしている時に携帯電話がズボンのポケットの中で震えてドキッとした。夫が若い女性と食事をして出てくるところを、息をひそめて今か今かと待ちわびていたので、後ろから誰かに触れられたように感じたからだ。

 電話の相手は中村真実だった。

鼻をすする音が受話器の向こうから聞こえてきて何を言っているのかよくわからない。何度も同じ言葉を繰り返している。

「光司ちゃんが、光司ちゃんが。」

今井崇の本名は関雅弘だったはずだ。光司というのは誰だろう。私が今追っている浮気調査の対象も光司ではないし。そう考えていると、中村真実は話し続けた。

「刑事さんから連絡があって、光司ちゃんを任意同行したので、場合によっては私にも警察署に来てもらうこともあるかもしれないと言われました。」

「光司ちゃんというのは?」

「山梨で一緒に育った従兄です。東京の大学を出て、渋谷にある保険会社の寮に入れることになったので、私が光司ちゃんの住んでいたアパートをそのまま借りて住んでいるのです。」

「あぁ、そうだったね。」

思い出した。中村真実が早稲田に住んでいるのは、従兄が住んでいたアパートに入れ替わりで借りたからという話を聞いたことがあった。

「君の従兄がどうして警察に連れて行かれたの?」

「崇さんを殺した犯人かもしれないって。」

ちょうどその時に、浮気調査の対象者が店から出てきて私の頭の中はパニックになった。持っていたデジカメで辛うじて2回対象者に向けてシャッターを押したが、携帯電話を耳と顎で挟んだ状態ではピントが合わない。仕方がない。今日の浮気調査は諦めよう。そう決めて、デジカメを帯電話に持ち替えた。

「君の従兄と今井崇は知り合いなのかい?」

「いえ、違うと思います。光司ちゃんとは時々食事をするのですが、ある時、やけに私の顔色が良いねと言うので、崇さんと交際していることを話したことがあったのです。光司ちゃんとは、山梨にいた時に同じ敷地の別棟で住んでいたので、毎日のように顔を合わせていて本当の兄妹のような関係なのです。」

なるほど、田舎の親戚関係というのは時に近すぎることがあるから、同じ敷地で育つこともあるのだろう。従兄の光司を兄のように慕っていたから、東京での一人暮らしの許可が出たということを聞いていた。

「でも、今井崇と光司君を合わせたことは無いのだろう?」

「ありません。」

「でも、光司ちゃんは、私と崇さんの出会い方がおかしいって言っていました。」

「婚活サイトで知り合うことが?」

「いいえ。その後のことです。連絡先を交換していないのに、二度も街で偶然出会ったことです。それで、崇さんが開発したアプリが関係しているはずだから見せてみなさいと私の携帯電話を取り上げて、何だかいろいろ触っていました。それから、光司ちゃんとは会っていないのですが、時々電話がかかってきて、あいつとはどうなっている?と聞いてくるので、あったことは光司ちゃんに話していました。」

「現金を渡したことも?」

「はい、そうです。」

なるほど。従兄の光司は、真実が騙されていることに気づいていたらしい。それで、真実を傷つけないように、本当のことはばらさずに探りを入れていたわけだ。

「これから会いに行っても良いですか?」

「これから?もう二十一時だよ。明日は仕事でしょう?」

「明日は休みます。私、一人ではいられません。」

「わかった。では私は、十条探偵事務所で待っているから気をつけてきなさい。」

そう言って、私はタクシーをつかまえた。いつもはタクシーを使うことなどないのだが、今夜の移動にかかる費用は、浮気調査の依頼者に請求できるからだ。

 途中でコンビニに寄って、ビールと甘いカクテル、つまみを買い十条探偵事務所に戻った。今夜は朝まで中村真実に付き合ってやろうと思った。

 中村真実は、タッパーを二つ持ってやってきた。鰯のムニエルと、ぜんまいの煮物だと言う。夕食に食べようと思って作ったが、食欲が無くて食べられなかったらしい。

 一気に豪華になったテーブルに割り箸を2本置いて、泣きじゃくる真実のとぎれとぎれの話を聞いてやった。

 時計が一時を回った頃、真実がうつらうつらし出したので、タオルケットをかけてやって私は布団に入った。

 私のことは、父親ほど歳の離れたおじさんだと思っているのか、それとも異性と見るほどの魅力がないのか、多分両方だろう。

 何十年も女性の寝顔を見ることなどなかった私は、少し胸が高鳴ったが、二十代で結婚していたらこれくらいの娘がいたのだろうと思うと、そっと見守るしかなかった。

 翌朝目が覚めると、真実はもういなかった。変な気を起こして崇の後を追っていては大変だと慌てて電話をかけてみたら案外気丈な様子だった。

「やっぱり仕事に行くことにしました。十条からは池袋まですぐだし、今日はワックスがけの予定なので、一人休むと大変なのです。昨日はお世話になりました。」

「本当に大丈夫かい?」

「はい、私、本当は少し気づいていたのです。崇さんみたいな素敵な男性が私のことを好きになるはずがないって。私には、光司ちゃんみたいに、私の内面を理解してくれる男性がお似合いだって。光司ちゃんは、私を守ろうとしてトラブルになったのだと思います。私は、捜査に協力して、光司ちゃんの刑が軽くなるように本当のことを話したいと思います。」

「そうか。」

私は再び真実の父親のような気持になり、気づいていたなら良かったと安堵で胸をなでおろした。

 電話を切って洗面所で顔を洗った。中村真実は、案外しっかりした娘のようだった。

私は、変な意地を張るのはやめて、現状を把握しておきたいと思うようになり、刑事時代の昔の同僚に電話をかけた。事件について、情報を仕入れるためだ。赤羽警察署管内の事件だが、王子警察所にいる同僚に聞けば少しくらい情報がわかりそうだった。

 同僚は、折り返すよと言って一時間後に連絡をくれた。課長にまで出世したから、部下のうちの何人かが赤羽警察署にもいるのだという。

事件の概略はこうだ。

今井崇こと関雅弘は三十代後半から、婚活中の女性をターゲットに、婚活アプリや婚活パーティーを利用して結婚詐欺を繰り返していた。

元々は少額から始まり、小遣い稼ぎ程度にしか考えていなかったが、巧みな言葉で女性を騙すうちにどんどん金額が膨れ上がっても案外疑われずに女性を騙せると思うようになった。

関雅弘は十歳まで東京都北区上十条で暮らしており、その後両親は離婚。養護施設で育ったので、母親が亡くなっているというのは作り話だったようだ。養護施設で母のように慕っていた女性がのちにALSで亡くなったことが関雅弘の心に傷を残したのではないかと推測された。

中村光司は、関雅弘の詐欺行為に気づき、真実とデートする関雅弘を尾行した。光司は、デートを終えて一人になった関雅弘に近づき、真実と別れるように強要した。ナイフで脅し、その場で真実に電話をかけさせたのだ。それが、真実の話していた、デートの後の突然の別れ話につながる。

関雅弘は刺殺される直前まで、北区滝野川のアパートに暮していたことがわかっている。女性を騙す為に、池袋や新宿の貸し部屋を自宅と偽り使用していたこともわかった。

 今までの騙した女性たちには、中村真実の時と同様に、自分が開発した携帯アプリで自動販売機に立ち寄るごとに携帯電話を操作させていたのだ。購入しようとしている飲料に携帯電話をかざすことでGPSが作動して、位置情報を自分に送らせ、偶然の再会を装って女性と運命の再会を果たすことで相手の女性を自分に夢中にさせていたという。

 それに気づいた光司が真実を尾行して関雅弘の正体をあばき、真実との別離と二百七十万円の返済を求めた。別れ話をさせることには成功したが、真実から巻き上げた二百七十万円の返済については渋ってなかなか返そうとしなかった。

光司に自宅を突き止められた関雅弘は、光司を振り切るように赤羽公園まで走って逃げたが、光司は野球部で鍛えた健脚で執拗に関雅弘に詰め寄った。初めは返済を約束していたのに、現金は全て使ってしまってもうない、と開き直った関雅弘に、光司は激高して、持っていた果物ナイフで関雅弘を殺したというわけだ。

 中村光司は、真実の父の兄の子ということになっているが、妻の連れ子であり、真実と血縁関係がない。真実はそのことを知っているかどうかわからないが、光司は真実のことを妹のような従妹というよりも恋愛対象として見ていたということも自供しているらしい。だから、自分よりも関雅弘に夢中になっている真実を見て、関雅弘を殺したいほど憎んでいたのだと。

 私は刑事時代、誤認逮捕した男の内縁の妻を自殺に追いやってしまったことがあり、自責の念に駆られて、刑事を辞めた。

 それ以来、恋愛や結婚、ましてや女性と関わることを避けて生きてきたわけだけれども、今回の事件で中村真実と出会い、私の中の封印していたものが溢れだしてきた。

 愛する人の為に、全てを捧げようとした真実と光司。

 中村真実と接しているうちに、私は、探偵としての責務を果たす為だけではなく、心の底から人を救いたいという気持ちが湧いてきたのだ。

 愛する母に愛されなかった関雅弘は、女性を陥れながらもその姿を母に重ねていた。

私も、人を愛することができるようになるだろうか。婚活サイトとやらに入会してみようかと携帯電話を取り出してみたが、画面の文字が小さくて良く見えない。

「私には無理だな」と独りごちた。

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