地球の裏側へ「ありがとう」

短編小説

私は横浜にあるショッピングモールの一角で絵を描いている。

 いわゆる「似顔絵」と言われるもので、観光客が足を止めてくれたら、すかさず声をかける。

 「可愛く描きますよ。似顔絵いかがですか?」

カップルの場合は、男性よりも女性に声を掛けるようにしている。

 女性の心を動かしたらもうこちらのものなのだ。

 「ねぇ、これ女優の○○さんじゃない?すごく似ている。描いてもらおうよ」

 男性側は、渋々・・・というパターンが多いが、私が筆を持てば

「かっこよく描いてくださいね」

と意外にも乗り気なのは男性の方だ。

 家族連れには、

「かわいいお子様の姿を似顔絵で残しませんか?」

と、声を掛けながら子どもに手を振ることを忘れない。

 私がこんなにも他人に積極的に声を掛けられるようになったのは、高校時代の英語教師との出会いがきっかけである。

 Paulという名前のオーストラリア人が、英語の教科担任と教室のドアをくぐったその瞬間を今でも覚えている。

 背が高く、首を屈まなければドアに頭をぶつけそうなくらい長身で、カールした髪に灼けた肌が眩しかった。

 英語は全然得意ではなかったけれど、Paulと話したくて一生懸命勉強した。

 ある日の英語の授業中、自分の夢を英語で書いて発表するという授業があった

 私は、夢など無かったのでぼんやりと教室の窓からグラウンドを眺めていた。

 するとふいにPaulが私の机を指さしてこう言ったのだ。

 「You are talented.」

本当は何を言ったのかわからなかった。

「え?」とPaulを見つめたら、私のノートの隅に青のボールペンで書いてくれたのだ。

 そして、ニッコリと笑い、親指を立ててウインクしてくれた。

 その瞬間、椅子から転げ落ちそうになった。

他人からウインクをされたことは初めてだったから。一番後ろの席の私にしか見えないように、サインを送ってくれたことも嬉しかった。

 授業中、暇さえあれば、机の隅に絵を描いていた。その日は、頬杖をついている斜め二つ前の友人の横顔を描いていた。

 他の教師に見つかると、叱られることがあるので、描いては消し、描いては消しを繰り返していたのだが、まさかPaulに褒められるとは思ってもみなかった。

 Paulはたった一年でオーストラリアへ帰っていった。サーフィンをするのが趣味だと言って、日本にはサーフトリップのつもりで来たのだとも話してくれた。

 仕事が終わってから、必ず海を見てから帰路につくようにしている。

 この海が、オーストラリアにも繋がっていると思うと、今日の自分があることに感謝の気持ちで溢れてくるのだ。

 あれは私の初恋だったのだろうか。

今日も遠くの海で波にのっているPaulを想いながら、穏やかの海面に向かって

「ありがとう」

と呟いてみる。

 私の才能を見出してくれて、どうもありがとう。

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