水車

短編小説

 三年前のこと。四月のある晴れた日、親父が逝った。肺がんが全身に転移しており、最期は病院の天井を眺めて、人生の終止符を打った。お袋は、俺の成人式を楽しみにしていたが、その前に手の届かない場所へ行ってしまった。俺は、生物学上は雌、つまり女の子として生まれたのだけれど、自分のことを男だと信じ込んで生きていた。だから、この柔らかく隆起した上半身が気に食わないので、ゴツゴツした親父の体を、この先使う者がいないのならば、自分の体と交換してもらいたいとさえ思った。けれども、実際にそんなことができるはずもなく、親父の体は焼かれて灰になった。

 「若菜、よろしく頼むな。」

 親父と交わした最後の言葉だった。俺は、「うん」と返事をしたが、その時は何を頼まれたのか理解していなかった。

 初七日法要を終えて、俺は普段通りの仕事に戻った。役所の施設整備課で、営繕工事に係る仕事をしている。いわゆる地方公務員だ。親父の勧めがあって、孫を見せられない後ろめたさから、親父が生きているうちは期待に応えてやろうと思って、公務員を志望した。

 ゴールデンウイークになり、俺は一人暮らしをしているアパートから実家へと向かった。誰も住まなくなった家の玄関をくぐると、湿気混じりの黴臭い匂いがした。実家で過ごした日々は、葛藤の繰り返しで、辛い毎日だった。お袋も親父も俺の性の不一致についてはとっくに気づいていたようだったが、何も言わなかった。それでも、俺は俺でいて良いのかと悶々とした日々を過ごしていた。

 「これを全部処分するのかよ。」

几帳面な親父が晩年まで過ごしたこの家は、綺麗に整頓されてはいたが、本やら衣類、食器に家具と、全てを処分するのは簡単なことではない。

 親父の机に座り、頬杖をついて窓の外を眺めると、お袋が大切に育てていた柿の木の青葉が目に入った。秋には毎年柿を食べていたっけな。少しセンチメンタルな気分に浸りながら、机の引き出しを開けた。すると、一通の封筒が出てきた。

  若菜へ

 そう書かれた封筒は紛れもなく俺宛である。

「遺書か?」

俺には兄弟もいないし、お袋も他界しているから、親父の財産分与で揉めることはないはずだが、親父は何かを残したようだ。丁寧に糊付けしてある封筒を、俺は恐る恐る千切って便箋を開いた。

「若菜 父さんと母さんの子どもとして生まれてきてくれてありがとう。若菜がどんな人生を歩もうとも、父さんはお前を応援している。父さんと母さんが残した物は、好きなようにして構わない。だが、一つだけお願いがある。毎年五月三日、午前十一時から一時間、深大寺参道に水車のある蕎麦屋がある。その前で、亀島弁財天池を眺めて一時間過ごしてほしい。毎年その一時間だけ、父さんの為によろしく頼む。最愛の子、どうか幸せに」

俺は、その短い手紙を読んで、涙が出るどころか拍子抜けした。なんだ、その願い事は。

今日は、五月二日。頼まれた日付は明日ではないか。とりあえず間に合って良かったと思った。もう一度読み返してみると、「最愛の娘」と記さなかった親父の心遣いにはぐっときた。何がなんだかわからないが、誰かと待ち合わせをしているのならば、行かねばなるまい。親父に恋人がいたなんて話は聞いたことがないが、お袋が亡くなって十二年も経っているのだから、恋愛くらいしたっておかしくはない。それにしても、葬儀には親戚しかこなかったから、親父の死は、俺が伝えるしかないだろう。

翌朝、どんな女性がやってくるのだろうかと高鳴る胸を押さえながら電車に乗った。中央線で三十分、三鷹駅から小田急バスに乗った。俺が小さい時に来たことがあるだろうか?見覚えはないが、終点でバスを降りると優しい風が俺を包んで、懐かしいような安心感があった。ぞろぞろと歩く人の波に乗って、参道を歩くと、虎と竜の石像が俺を迎えてくれた。 俺は、動物園で初めて虎を見た日からずっと、虎が好きだった。発情期なのか、虎は興奮していて、ガラス越しに俺を睨みつけて前足でガラスを何度も叩いていた。

虎の石像の隣には、大黒天と恵比寿尊が並んで立っていた。そのまま進むと、案内図があり、亀島弁財天池はすぐに見つかった。右手に池が見えてくると、左手に水車が回っていた。どうやら蕎麦屋のようだ。男女の幼い兄妹が水車を珍しそうに眺め、その様子を嬉しそうに撮影する母親の姿があった。ちょうど俺と同じくらいの年齢だろう母親は、「鯉がいるねぇ」と微笑みかけていた。親父は、俺のあんな姿を見たかったのだろうか。そう思うと、再び申し訳ない気持ちが頭を過った。時計は十時五十分を過ぎようとしていた。

「ちょうど良いな。」

俺は、親父の遺言通り、水車と亀島弁財天池を交互に眺めていた。けれども、三十分以上待っても、誰も姿を見せないではないか。中年の女性が一人佇んでいたら、一人残らず声をかけようと思っていた。けれども、中年女性どころか、中年男性も若年男女が留まる姿もない。みな、幸せそうにただ通り過ぎていく。時折、若いカップルや高齢の夫婦が池を眺めたり、水車の下に窮屈そうに泳ぐ恋を眺めたりしていたが、数分するとその場から立ち去って行った。そして、誰かを待っていて、その人が現れないから諦めて帰ったという様子の者の姿はなかった。俺は念の為、十二時半まできょろきょろとあたりを見渡しながら待ってみたが、誰もやってこなかった。そんなことより、水車の向こうで蕎麦をすする人々が羨ましくなり、俺も腹ごしらえをすることにした。それに、水車の目の前の席を陣取れば、亀島弁財天池の様子もよく見える。最初から、蕎麦屋に入ってこの席で待てば良かったとさえ思った。

十割蕎麦はがつんとした蕎麦の香りが強くのどごしが良く、美味しかった。親父もこの味を恋人と堪能したのだろうかと思いを馳せてみたが、その姿を想像できない。もしかすると、俺と同じように、親父の相手は男なのかもしれなかった。そうであれば、親父の姿が無いことだけ確認して通り過ぎたのかもしれない。

翌年、五月三日は雨だった。朝起きて、行くのをやめようかとも思ったが、親父の頼みを聞かなければ親父が悲しむような気がして深大寺へ向かった。けれども、歩いているのは傘を差しながら犬を散歩している男性だけだった。去年と同じように、水車がよく見える席に座って、盛り蕎麦と板わさを食べた。つけすぎたワサビがツンと鼻に響いた。

さらに次の年、突き抜けるような青い空の下、汗を拭きながら俺は一時間半待った。勤務先で想いを寄せていた女性が結婚をした直後で気持ちが塞いでいたが、親父との守らねばならぬ約束のように感じていた。

そして今年、時刻は十一時五分を過ぎたところだった。三鷹駅からのバスに一本乗り遅れてしまったので少し焦っていた。相手が来るとは思えなかったが、待たせてはいけない人のような気がした。

水車を眺めるグレイのショートヘアの女性が俺を見るなり会釈をしてきた。この女性が俺の親父の恋人なのか?混乱する頭で俺はかろうじて五センチほど頭を下げた。

「西岡博之さんのお子さんでしょう?」

「え、はい。」

俺の心臓が今までに感じたことがないくらい早く鼓動を打った。

「お待たせして申し訳ありませんでした。昨年も、その前の年もいらしていたでしょう。ようやくお声をかけることが出来ました。あなたがいらっしゃるということは、お父様はもういらっしゃならいのでしょうね。お父様そっくりですぐにわかりました。」

「はい。父は三年前の春に亡くなりました。」

俺の言葉を聞いて、その女性は静かに頷いた。女優のような美しさ、ではないが、手入れされたその肌は透き通るように白く艶やかで、かすかに気品さえ感じられた。

「私とお父様は、学生時代、テニスサークルの仲間だったのです。博之さんの奥様が亡くなった後、同窓会で再会しました。お父様は、ずっと私のことを想ってくださったと仰って、私が毎年誕生日に夫婦で深大寺に訪れていることを話したら、それからずっとすれ違うようにこちらにいらしていました。半年前に夫が亡くなって、ようやく話せる時がきたのに、博之さんが先に逝ってしまわれて残念です。」

俺は、親父の初恋を覗き見た気がして、恥ずかしいような嬉しいような気がした。お互い水車の前をすれ違いながら、声さえもかけず募らせた想い。もう来年からは、ここで待たなくても良いのだけれど、また水車を見ながら蕎麦を食べに来ようと誓った。

コメント

PAGE TOP