月が結ぶ恋の物語

童話

 あるところに、一人の王子がおりました。

王子の城では、それはそれは広い領地があり、そこでは茶葉を育てさせていました。

決まった量の茶葉を収めれば、残りの土地は小作人が自由に作物を育てて良いことにしておりました。

 小作人が育てた茶葉を集めて発酵させ、紅茶にして売ることで、王子の城は潤いを保っていました。

 ある晩のこと、王子は窓辺に座って、丸く大きく輝く望月(※満月のこと)を見ていました。

 「月を眺めながら頂く紅茶は、なんとおいしいことだろう。これは、子どもの頃からずっと飲み続けている我が城に代々伝わる紅茶。これを一緒に飲める姫がいたら、なお幸せなのだけれど・・・」

 王子が月を見上げると、月が優しく暖かい光を照らし、かすかにほほ笑んだように見えました。

 しばらくたったある日のことです。王子のところへ、慌てた様子で執事がやってきて言いました。

 「王子様、大変です。今まで大人気だった我が城の紅茶の人気を上回る、新しい紅茶が市場で売り出されました」

 王子は驚いて言いました。

「なんということだ。我が城の紅茶以上に美味しい紅茶があるとは信じられない。一度味わってみなければなるまい」

 「かしこまりました」

 次の日、執事は召使いに買いに行かせ、市場で大人気と言う紅茶を手に入れました。

 王子は早速飲んでみました。

 王子は、その紅茶を一口含んで言いました。

「うーむ、確かに美味しい。この微かに香る甘い匂い、そして豊かな風味は、いかにして生まれるのだろう。なんだか、色味がわずかに薄いようだ」

 執事が答えました。

「そちらは、標高の高い畑で作られた紅茶だそうです

 なんでも、世界中を飛び回る商人が、山奥の村で見つけた紅茶で、大量に仕入れたと聞きました」

 「なるほど。高地の冷涼な土地で育てた茶葉がこの味を生み出すのか。それでは、我が城の領地では、この紅茶を超えるものを作ろうではないか」

 「王子様、しかし、すでに茶葉の収穫は終わっております。今ある茶葉はいかがいたしましょうか」

 王子は、腕を組んで考えました。

 「そうだ、それを小作人たちに考えさせよう。今ある紅茶がより美味しくなるようなアイディアを募集するのだ」

執事は答えました。

「では、一番素晴らしいアイディアを出した家の娘を姫にするという条件を加えるのはいかがでしょうか?」

 王子は、それを聞いて少し戸惑いましたが、自分が赤ん坊の頃から自分に仕えている執事のことを信頼していたので、了承しました。

 その晩、王子は細く今にも消えそうな糸月を眺めながらつぶやきました。

 「あの少女を姫にしたいと決めていたのだけれど・・・」

しばらく経っても、なかなかよいアイディアは出ませんでした。

 数年前のこと。ここは、小作人の畑です。しっかり者の奥さんと、優しい旦那さんの間に、可愛らしい少女がおりました。

 少女はおてんばで、畑仕事の手伝いに飽きると、城の裏手にある小川で葉っぱの舟を流して遊んでいました。

 ある日のこと、城の壁から一人の少年が顔をのぞかせました。

 「何をしているの?」

 少年の呼びかけに、少女はいたずらな目をして答えました。

 「葉っぱで遊んでいるのよ。この葉っぱ素敵な形でしょう?あなたも一緒にどう?」

少女の手には、少女の顔をすっぽり隠すほど大きな、ギザギザとした形の葉っぱがありました。

そう言われて、少年は壁の穴をなんとかすり抜けて、少女と一緒になって遊びました。

 小川に葉っぱの舟を流したり、少女が摘んだ木の実を食べたり過ごしました。

何かの蔓で編まれた小さなカゴに入った果実は、甘酸っぱくて、それを口に含んだ二人は顔を見合わせて転げながら笑い合いました。

 楽しい時間はあっという間に過ぎ、赤く染まった西の空に夕月が出ていました。

 「また、会える?」

少年は少女に尋ねました。

「ええ、また来るわ」

少女は答えました。

 けれども、城壁に空いた穴はすぐに塞がれ、少年がまた少女と会うことはありませんでした。

 

 数年後のこと。少女は、朝月夜(※明け方に見える月のこと)に目が覚めて、あの少年のことを考えていました。

 「あれから何年たったのかしら。あの少年はきっとお城の王子様だったのね。それなら、再び会えても私が口をきけるような相手ではないはず」

 そう考えて、うつむきました。その様子を、空から月が見ていました。

 その時、一羽の鳥がどこからともなくやってきました。

こつんこつん、と窓を叩きましたので少女は窓を開けて、その鳥を招き入れました。羽根は七色に輝いていました。頬はオレンジ、お腹は桃色、足元は水色と紺色。

 「なんて美しい鳥でしょう。あなたのように美しければ、王子様と結ばれることも夢ではないでしょうね」

 するとその鳥は、少女の掌にのりくちばしでツンツンとつつきました。

 「あら、あなたはお腹がすいているの?それなら良いものがあるわよ。畑でとれたブドウよ。たくさん収穫したら、少しだけ太陽の下で干しておくのよ。そうすると甘さが増しておいしいの。いろいろな種類のブドウを干すのよ。少しわけてあげる」

 そう言って、ビンに詰めた干しブドウをその鳥に分けてあげました。

 次の日も、またその次の日も少女の元に七色に輝く鳥がやってきました。

 「よっぽど美味しかったのね。では、きょうは緑色の干しブドウをあげるわ」

 そうやって何日か経ったのち、七色の鳥はやってこなくなりました。

 その日の晩のこと。城では王子が窓辺に座っていつものように紅茶を飲みながら月を眺めていました。

その晩は、二十四夜でした。

 こつんこつん。

 王子さまは不思議な音を聞きました。

 こつんこつん。

 「なんの音だろう」

ふと窓の外を見ると、美しい鳥が七色に輝く羽根を広げて、くちばしで窓を突いていました。

 「やあ、こんばんは。君は迷子かな?」

王子は、紅茶の入ったカップを置いて、窓を開け、鳥を招き入れてあげました。

すると、突然、その鳥が、くちばしに加えていた何かを王子の紅茶の中にぽちゃんと落としたのです。

「おやおや、一体何を入れたんだい?これは私の大切な紅茶なのだよ」

王子がカップを覗き込むと、しわくちゃな丸いものいくつかが入っていました。

「これではせっかくの紅茶が飲めないじゃないか」

と言うと同時に、甘い香りが王子の鼻をくすぐりました。

「これはなんだろう」

 王子は、ティーカップに鼻を近づけてみました。

「果実のように甘い香りがする。一口飲んでみよう」

おそるおそる口を近づけ、紅茶を一口飲んでみました。

「なんと」

王子は驚きました。

「これは美味しい。我が城の紅茶が一段と美味しくなったではないか。わずかな酸味がありながら、口いっぱいに広がる甘さ。そして、ほっと安らぐこの気持ちはなんとも形容しがたい充実感があるではないか」

王子は、残りの紅茶を一気に飲み干し、その丸いものを口に含みました。

「ブドウ?それにしても、複雑な味わいだ。獲れたてのブドウとは違った豊かな甘さを感じる」

王子はしばらくの間、うっとりとしていました。

目の前から七色の鳥は姿を消していました。

「しまった。全て食べてしまっては、あの果実の正体がわからない。鳥よ、また届けておくれ」

王子は月に向かって両手を合わせて願いました。

翌日の晩、王子は窓辺で紅茶を用意して待っていると、あの鳥がやってきました。

「待っていたよ。今晩は、紅茶に入れずに私の手に乗せておくれ」

そう言うと、鳥はくちばしにはさんだブドウをそっと王子の掌にのせました。

王子は匂いを嗅いでみました。

「これだ、これだ。この香り」

王子はそのまま果実をそっと白い布にくるみました。そして、鳥には木の実をあげることにしました。

「これは私からの御礼だよ。素晴らしい紅茶を作ってくれてどうもありがとう」

翌日、執事に調べさせると、それは複数の種類のブドウを干したものでした。

召使いに言いつけ、ブドウの畑を育てている家に行き、収穫したブドウを持ってこさせました。

それは丸々とした濃い紫色のブドウ、黄緑色のブドウ、薄桃色のブドウでした。

「これではない。私は干したブドウを探しているのだ」

王子は少し残念そうに言いました。

再び召使いにブドウを育てている家に行かせましたが、小作人は畑で一番おいしそうなブドウを収穫して召使いに渡した為、また同じ新鮮なブドウを持ってきたのです。

「もう良い。私が小作人の家に直接行ってもらってこよう」

と言って、王子は召使い、執事とともにブドウを育てている家に向かいました。

小作人の奥さんは驚いて言いました。

「これはこれは王子様。我が家のブドウは一番上出来のものを既にお渡ししました。それ以外にはありません」

王子は、掌を広げて、白い布に包んで持ってきた干しブドウを見せました。

「それは、我が家のブドウを干したもの。どうしてそんなものが王子様の元へ運ばれたのでしょう」

奥さんは驚きながら、家の中へ入って行きました。

そして、娘に言って干しブドウの瓶を持ってきました。

娘は王子様と娘は、見つめ合って言いました。

「あの時の」

「あの時の」

二人で同時に声を合わせて言いました。

そうです。あの時の少年と少女は、それぞれがお互いに、月に願いを込めて祈っていたのです。

「また出会えますように」

と。

やがて二人は、結婚することになりました。

小作人の娘は、姫となったのです。

そして、王子の領地で育てた茶葉に数種類の干したブドウを混ぜ、フルーツティーとして市場で売り出したところ、それはそれは大人気となりました。

長いこと二人の恋物語を空から眺めていた月は、今夜、姿を消して微笑んでいました。

朔の晩、王子と姫は二人仲良く窓辺でフルーツティーをゆっくりと味わいました。

 

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