「三毛猫」
あるところに、一匹の猫がおりました。その猫は、白と茶と黒の三色の毛がまだらに生えておりまして、いわゆる「三毛猫」と呼ばれております。
三毛猫の名前は、「三(さん)」。
単純なもので、どこかから連れてきたおじいさんが名付けたものです。
三(さん)は、ずいぶん臆病な性格でして、この家に来てからというもの一度も外へ出たことがありませんでした。その昔は、外の世界にいたような気しますが、何せ猫の小さな脳みそですから、すっかり忘れてしまいました。
ある日のこと。
三(さん)が、いつものように、窓辺で日向ぼっこをしていますと、自分とそっくりの猫が現れました。
そうして、じぃっとこっちを見つめているのです。
あくる日も、またそのあくる日もやってきました。
はじめは、塀の穴から顔を出すだけ、次に草の陰から目だけ覗かせて、最後には、ガラス窓一枚隔てた向こうにまでやってきました。
三(さん)は気味が悪くて黙っていると、
「そっちの暮らしはどうだい?」
と、向こうの猫から話かけられました。
「どうもこうも、私はここの暮らししか知らないよ」
と、返事をしました。
向こうの猫は、少し驚いた顔をしましたが、続けて、
「最近、食べるものが減ってきてね、ちょっと替わってくれないか?」
と、言うのです。
「替わるって、どういうことだい?」
「だからさ、おいらがそこでごろんと寝転がって、お前さんは、おいらが腹いっぱいになるまで、ちょっとの間、塀の外にいてくれればそれでいいんだ。何せおいらとお前さんはそっくりなんだから、ばれやしないさ」
三(さん)は、そんなことまっぴらごめんだと思いましたが、自分にそっくりな向こうの猫が、日に日に痩せていくのを見て、かわいそうになってきました。
「ほんの少しだけなら」
「よしきた」
「しかし、おじいさんにばれやしないかね」
「それは大丈夫だろう」
「なぜそう思うのだい」
「まあ、気にするな」
そういうと、向こうの猫はガラス窓を開けて入ってきました。
「三(さん)いるのかい。ご飯だよ。おいで」
台所の方から、おばあさんの声がすると、ずうずうしい向こうの猫は「ニヤーオ」と返事をして、するりと台所へつながる廊下を歩いて行ってしまいました。
三(さん)は、不安な気持ちを抱えながら、恐る恐る、塀の外へ出てみました。
すると、なんとも懐かしい匂いがしたのです。太陽の匂い、草の匂い、土は優しい甘い匂いがしました。
そうして、二匹は毎日交代でご飯をもらうようになりました。
ある日、おばあさんが言いました。
「今日は、三(さん)の日だね」
三(さん)は驚きました。
すると、おじいさんがやってきて言いました。
「河原で二匹の仔猫を見つけた時に、両方連れて帰るつもりだったのに、もう一匹は嫌がってたから手を焼いたよ。ようやく、決心したんだな。三(さん)もあいつも懐いてくれて良かった。しかし、いつも一匹しかいないな」
そう、二匹は兄弟猫だったのです。
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