蓮の葉の朝つゆ

童話

むかしむかしある村に、兵太夫という男がいた。兵太夫は、体の弱いおっかあと二人、小さなぼろ家に住んでいた。

兵太夫と村の人びとは、村一番のお金もちの与左衛門から土地を借りて、畑をたがやしてくらしていた。

兵太夫は、育てた米と野菜をとなり町で売ってくらしていたが、与左衛門におさめる分が多く、自分たちがたべる分はほんのわずかしか残らなかった。

 ある日のこと、兵太夫のおっかあの具合がわるくなり、兵太夫は家中の小銭をかき集めて、となり町までくすりを買いに行くことにした。

 なれた道のはずなのに、歩けども歩けども、なかなかとなり町にたどりつかず、あたりはまっ暗になってしまった。兵太夫が困り果てて、じっと目をこらすと、お地蔵さまが三体ならんで立っているのが見えた。

兵太夫はお地蔵さまに手を合わせた。

「お地蔵さま、わたしは道にまよってしまいました。こんばんひとばん、ここで休ませてください。」

兵太夫はつかれ果てて、お地蔵さまのうらの大きな木の下で眠りについたのだった。

 すると、あけがた兵太夫はなにか耳もとでささやくような声を聞いた。兵太夫がその声に耳をかたむけてみると、どうやらお地蔵さま同士が話しているようだった。

「あぁ、のどがかわいた。池に浮かぶ蓮の葉の朝つゆが飲みたい。」

「蓮の葉の朝つゆを飲めば、たちまち元気が出て、どんな病もなおしてしまう不思議な力があるからなぁ。」

 しばらくして、兵太夫は朝日のまぶしさで目をさました。どうやら夢をみていたようだった。兵太夫はおき上がってお地蔵さまに手を合わせた。

「お地蔵さま、わたしを休ませてくれてありがとうございました。」

兵太夫が歩き出すとすぐに大きな池が目にとびこんできた。池の中には、たくさんの蓮の葉が広がり、その葉のまん中には朝つゆがたまっていた。兵太夫は、夢の中で聞いたことを思い出した。

 兵太夫が池のまわりを見わたすと、二本の太い丸太が転がっていた。その丸太を、いものつるでむすんでいかだを作った。

 兵太夫はいかだにのって、蓮の葉に近づき、朝つゆを両手ですくって一口飲んでみた。すると、歩きつかれた重い足が軽くなり、体中から元気があふれてくるのを感じた。

「なんとすばらしいことだ。お地蔵さまの言うとおり、この蓮の葉の朝つゆをおっかあに飲ませてやれば、おっかあの病がなおるかもしれない。」

 兵太夫は、水を入れて腰にぶら下げてきたひょうたんに、蓮の葉の朝つゆをすくい入れた。そうして、岸に上がりお地蔵さまの元へ戻ると、お地蔵さまのあたまの上から朝つゆをかけてやった。

 「お地蔵さま、飲みたいと言っていた蓮の葉の朝つゆを持ってまいりました。」

 そうして、もう一度池にもどり、蓮の葉の朝つゆをひょうたんいっぱいにつめると、となり町に行くのをやめて村へ戻ることにした。

 家に帰ると、おっかあは息もたえだえに、目をうっすらとあけて

「兵太夫、やっと帰ったのかい。ずっとしんぱいしていたのだよ。」

と小さな声で言った。

 兵太夫は、ひょうたんをさし出して、おっかあの口に蓮の葉の朝つゆをふくませてやった。

 すると、おっかあの青白かったかおがみるみると桃色にかわり、目をぱっちりと開いてこう言ったのだ。

「兵太夫、このくすりはなんだい。体中から力がわき出てくるようだよ。」

 そうして、なん日もねたきりだったおっかあは、おき上がって、残りのひょうたんの中の朝つゆを全部飲み干してしまった。

「兵太夫、畑の草むしりをするとしようかね。それから、兵太夫が好きなかぶのおつゆを作るとしよう。」

 おっかあはすっかり元気になり、兵太夫と二人で畑しごとができるまでになった。

 それからしばらくたったある日のこと。いつものとおり、兵太夫は与左衛門のやしきに、米と野菜をおさめに行くと、与左衛門はおどろいてこう言った。

 「いったいこんなにたくさんの米と野菜をどうやって一人で育てたというのだ。」

兵太夫は、うれしくなってこう答えた。

「おっかあがすっかり元気になったので、二人で畑しごとをしているのです。」

「なに、あのよわよわしいおまえのおっかあが畑しごとができるほど元気になっただと?いったいぜんたいどんなくすりをつかったというのだ。」

兵太夫は、にこにことしながらこう話した。

「くすりは飲ませておりません。ただ、お地蔵さまのおつげどおりに、蓮の葉の朝つゆをおっかあに飲ませただけなのです。」

「蓮の葉の朝つゆだと?そんなもので病がなおるのなら、うちのむすめのなつも元気になるというのか?」

「おなつちゃんの具合がわるいのですか?」

「もう何日もねむったきりなのだ。」

「それは大変なことですね。お地蔵さまの話では、どんな病もなおると聞きました。ためしに蓮の葉の朝つゆを、おなつちゃんに飲ませてみてはどうでしょうか?」

「それなら今すぐお前が行って、その朝つゆを持ってきてくれ。」

与左衛門は兵太夫に言いつけました。

「与左衛門さん、蓮の葉の上に朝つゆがあつまるのは朝だけです。ですから、明日の朝にならないとあつめられません。」

「そうか、それなら明日の朝一番に必ず持ってきなさい。」

兵太夫は与左衛門に言われた通りに池に向かった。お地蔵さまのもとへたどりつくころには、すっかり暗くなっていた。

 兵太夫は、お地蔵さまに手を合わせた。

 「お地蔵さま、蓮の葉の朝つゆでおっかあの病をなおしてくださりありがとうございました。こんどは与左衛門のむすめのおなつちゃんを元気にしてやってください。こんばんもお地蔵さまのそばで休ませていただきます。」

そう言って、お地蔵さまのうらの大きな木の下で兵太夫はねむった。

 するとあけがた、またお地蔵さまの話し声が聞こえてきた。

 「与左衛門は、村の人びとに土地を貸してはたくさんの米や野菜をおさめさせている。それを町で売って自分だけが金もちになっているのがいけない。村の人びとにやさしくしなければ、蓮の葉の朝つゆを飲ませてもむすめの病はなおらないだろう。」

 目をさました兵太夫は、困ってしまった。せっかく蓮の葉の朝つゆをあつめても、おなつの病はなおらないかもしれないからだ。

 けれども、与左衛門のめいれいどおり、兵太夫は、持ってきたひょうたんいっぱいに蓮の葉の朝つゆをあつめた。帰りに、朝つゆを少しずつお地蔵さまにかけてやり、いそいで与左衛門の家にむかって走って行った。

 与左衛門は、やしきの門の前で兵太夫がやってくるのを今か今かと待ちわびていた。

 兵太夫は、蓮の葉の朝つゆの入ったひょうたんをさし出した。

 「これが蓮の葉の朝つゆか。よくやったぞ、兵太夫。さっそくこれをおなつに飲ませるとしよう。おまえはもう帰ってよいぞ。」

そう言われても兵太夫はその場から立去れずにいた。

 「何か言いたいことがあるのなら、えんりょせずに言ってみろ。」

そう与左衛門に言われた兵太夫は、お地蔵さまのおつげを話した。すると、与左衛門は大笑いをして、しっしっと兵太夫をおいはらった。

 それから与左衛門は、おなつに蓮の葉の朝つゆを飲ませたがいっこうに病はよくならない。それどころか、おなつはかおを真っ赤にして苦しみだしたのだ。

 しかたがないので、与左衛門は自分で蓮の葉の朝つゆをとりに行くことにした。

 与左衛門が、池のそばで地蔵さまが三体ならんでいるのを見つけたので、手を合わせた。

「お地蔵さま、兵太夫のおっかあのように、なつの病もなおしてくだされ。どうかこのとおり、お願いします。」

すると、与左衛門ははっきりとお地蔵さまの声を聞いた。

 「与左衛門、おまえが村の人びとにきびしくして、じぶんだけ金もうけをしているのを知っているぞ。村の人びとにやさしくしなさい。そうすれば、おなつの病はみるみるうちに良くなるだろう。」

 与左衛門はびっくりして、大慌てで池の蓮の葉の朝つゆをあつめて走って村に戻った。それから、村の人びとをあつめてこう話した。

 「これからは、米と野菜をおさめる量を今までの半分にして良い。その残りは町で売るなり、自分たちで食べるなり好きにするように。」

 そうして、持ち帰ってきた蓮の葉の朝つゆをおなつに飲ませると、おなつのかおいろがすっかり良くなり、やしきの庭でまりつきができるまでに回復した。

 それからというもの、兵太夫と与左衛門が蓮の葉の朝つゆをあつめに行こうにも、池にもお地蔵さまのもとにもたどりつくことはなかったという。  村の人びとはみんなしあわせになり、仲良くらしていったということだ

コメント

PAGE TOP